仙台高等裁判所 昭和35年(ネ)505号 判決 1961年7月26日
主文
本件控訴を棄却する。
控訴費用は控訴人の負担とする。
事実
控訴代理人は、「原判決を取り消す。被控訴人の請求を棄却する。訴訟費用は、第一、二審とも、被控訴人の負担とする。」
との判決を求め、被控訴代理人は、控訴棄却の判決を求めた。
当事者双方の主張並びに証拠の提出、援用、認否は、
被控訴人が、
一、原判決五枚目表一二行目に「被告の所為」とあるのは、「原告の所為」の誤記であるから、そのように訂正する。
二、被控訴人の本件所為は、控訴会社就業規則第八五条第一三号に定められた「その情状が重いとき」に該当しない。
三、控訴人の後記主張事実三の(一)について。被控訴人が控訴人が控訴人に対して十和田市議会議員選挙立候補承認願を提出したのは昭和三四年四月一八日であつたが、その日の午後五時以後の勤務時間外に提出したので、控訴人主張の如く翌一九日付で控訴人に受理されたものと思われる。
四、同三の(二)ないし(四)について。被控訴人が同年四月三〇日控訴人に対して同年五月一日から一週間の有給休暇願を提出したことは、認める。
五、同三の(五)を否認する。
六、同四並びに五を争う。公務員の立候補制限は、行政に従事する公務員の政治的中立性を確保する趣旨のものであるから、これを私企業における労働者一般に類推することの誤りであることは、いうまでもない。また、被控訴人が市会議員に就任したからといつて、控訴会社に対して十分な労務の提供をしないで控訴会社に犠牲を強いるとか、あるいは、そのために組合が政治活動に利用されるとかなどいうことはあり得ない。
と述べ、乙第八号証の一、二、同第九ないし一一号証の成立、同第一二号証の一ないし八の原本の存在並びにその成立を認め、
控訴代理人が
一、原判決八枚目表六行目に「昭和二二年四月」とあるのは、「昭和三二年四月」の誤記であるから、そのように訂正する。
二、控訴人が、被控訴人を懲戒解雇するに際し、被控訴人に対して、労働基準法第二〇条の規定による予告または平均賃金の支払をなさなかつたことは認める。
三、(一)控訴人が、被控訴人から、十和田市議会議員選挙に立候補することについての承認願を受理したのは、昭和三四年四月一九日であつた。
(二)これに対し、控訴人は、同日、被控訴人に対し、文書をもつて、控訴会社従業員として立候補することは、控訴会社の方針に反するし、控訴会社の承認を得ないですでに立候補したことは、控訴会社の就業規則第一六条に違反する旨通告した。
(四)控訴人が被控訴人の右就業規則違反行為に対して直ちに懲戒処分の手続をとらなかつたのは、すでに開始されていた被控訴人の選挙運動を妨害してはならないとの控訴人の配慮にもとづいたものにほかならない。また、控訴人が被控訴人の組合専従者としての期間の延長方の願出に対して許可を与えたのも、右と同様の配慮から出でたものであるが、その際、控訴人は、同時に、被控訴人に対して重ねて、前記通告にあるが如き被控訴人の立候補に対する控訴会社の態度をあわせ回答した。
(四)控訴人は、被控訴人が十和田市議会議員に当選したときは自発的に控訴会社を退職するものと期待していたのであつたが、同年四月三〇日、被控訴人から、同年五月一日から一週間の有給休暇願が提出されるにおよんで、被控訴人には、控訴会社の承認を得ないで右の如く立候補しながら、議員に当選し就任しても自発的に控訴会社を退職する意思のないことが明らかとなつた。
(五)およそ、市議会議員たるものは、その日常を政治活動のために終始させなければならないものであるから、被控訴人が十和田市議会議員に就任した以上、控訴会社に対して十分なる労務の提供をなし得ないものであることは、いうまでもないところ、控訴会社は再建途上にあるものであるから、かかる従業員を継続して雇用することはできない。また、わが国の労働組合が労働運動に未熟であつて、組合運動と政治運動とを混同し、無用の混乱を招いていることは、顕著な事実であるところ、政党政治の現状においては、議員たるものは、いずれかの政党に所属するのが通例であるから、被控訴人が右の如く市議会議員に就任した以上、控訴会社従業員の一部によつて組織され被控訴人をその執行委員長としている組合が政治運動に利用されることは、火を見るよりも明らかである。かくては、控訴会社の再建が著しく阻害されるにいたるであろうことは、多言を要しない。
(六)そこで、控訴人は、その就業規則第一六条第一、二号違反を理由として、被控訴人を懲戒解雇処分に付したものである。
四、公務員並びに公社の職員は、被選挙権の行使について制限を受けているのであるが、およそ常勤として他人に雇用された以上、全力をあげてその職務の遂行に専念すべき義務のあることは、公務員または公社の職員たると、はたまた、私企業における雇用労働者たるとによつて、差異の生ずべきいわれはない。したがつて、被選挙権の行使についても、本来の正常な労務の提供との調和を考慮にいれたうえで判断すべきものであつて、全く無制限なものではあり得ない。かかる見地にもとづいて労働基準法第七条の規定を見るときは、その保障するとなした権利の中に、国会または地方公共団体の議会の議員として就任することを含まないものであることが自ら明らかである。さればこそ、横河電機製作所、三井倉庫株式会社、日曹製鋼株式会社、中越自動車株式会社、弘南バス株式会社、南部鉄道株式会社その他わが国における大多数の会社が、その従業員の公職就任について制限を加えており、朝日、毎日、読売の各新聞社においても、その就業規則において、公選による公職の候補者となるに際しては、その旨の会社に対する届出または承認を必要とし、選挙運動期間中は休職、当選すれば退職とする旨定めているのであつて、これらの事実は、すべて右の見解が正しいことを示しているものである。また、かく解しなければ、(一)立候補者は、その選挙運動期間中、自己の本来の業務に従事しないで、賃金を受給し得ることとなる。(二)議員たる労働者は、使用者の承認を得ないで、政治活動に専念し得ることとなり、しかも、労働者としてその間の賃金を請求し得ることとなる。(三)使用者は、議員たる労働者の承諾を得ない限り、これを休職させ得ないこととなる。(四)長期間議員の職にあつても、使用者においてはなんらの措置をも講ずることができず、しかも、これに賃金を支給しなければならないこととなる。(五)議員としての職務に忙殺され、本来の労働者としての業務の執行がおろそかになるから、使用者としては、かかる労働者を責任のある仕事に従事させることができなくなる。(六)仮りに、本人の承諾を得て休職にしたとしても、長期間本来の職場を離れているのであるから、休職後復帰させても、十分なる労務の提供は期待できないこととなるのであつて、かかる矛盾、不合理は許されない。
五、私有財産権は、憲法第二九条によつて保障された国民の権利であるところ、私企業もまた右の私有財産に含まれるものであることはいうまでもないから、これを運営するに当り、自己の犠牲において労働者の利益を図らなければならないなどということはあり得ず、労働者が十分なる労務の提供をなし得ないにもかかわらず、使用者においてこれを継続して雇用しなければならないとすべきいわれはないと述べたほかは、原判決事実摘示と同一であるから、これを引用する。(立証省略)
理由
一、当裁判所は、つぎのとおり付加するほか、原審と事実の確定並びに法律判断を同じくするから、原判決理由の記載(ただし、原判決一〇枚目表八行目に「指示に従い、文書をもつて届出をし、かつ、同日」とある部分を除く。)を引用する。当審において提出された乙号各証中右認定を左右すべき証拠はない。
二、原本の存在並びにその成立について争いのない乙第一二号証の四、原審における被控訴人本人尋問の結果に弁論の全趣旨を総合すると、被控訴人は、昭和三四年四月一八日、控訴人に対して、その指示にもとづき、十和田市議会議員選挙に立候補することの承認願を提出したが、それが控訴人に受理されたのは、翌一九日付であつたことを認めることができ、これを覆えすべき証拠はない。
三、控訴人は、事実摘示三の如く主張するが、これによると、本件懲戒解雇処分は、被控訴人が控訴会社就業規則第一六条第一号、第二号に違反したことを理由としてなされたものであるが、同処分がなされるにいたるまでの経緯並びに事情は、控訴人主張のとおりであるというのであるから、仮りに、その主張の如き事実並びに事実発生のおそれがあつたとしても(被控訴人の提出した立候補承認願が、昭和三四年四月一九日付で控訴人に受理されたことは、前認定のとおりである。)、それは、あくまで右処分がなされるにいたるまでの経緯並びに事情(その可否は措く)たるにすぎないものであつて、同処分の理由そのものではなく、その理由であるとなした前記就業規則第一六条の「従業員は、次の場合は会社の承認を得なければならない。一、公職選挙法による選挙に立候補しようとするとき。二、公職に就任しようとするとき。」なる規定にもかかわらず、控訴人が、かかる規定のあることを理由として、被控訴人の立候補並びに公職就任についての承認の要請を拒み得ないものであることは、さきに判断したとおりであるから、控訴人の右主張は理由がない。
四、ついで、控訴人は、事実摘示四の如く主張する。しかし、公職選挙法による被選挙権が労働基準法第七条にいうところの「公民としての権利」に、これにもとづく議員たるの公職が同法条にいうところの「公の職務」に含まれるものであることは、さきに判断したとおりである。そして、被選挙権の行使につき、控訴人主張の如く、公務員と私企業における労働者とを同断に論ずることの誤りであることは、いうをまたないところである。また、控訴人主張の如く、その主張の会社その他の企業体の就業規則中に、本件就業規則第一六条第一、二号と同様の規定が存するとしても、それだからといつて、控訴人が、右の規定にもとづき、被控訴人からの立候補並びに公職就任の承認の要請を拒み得るものとしなければならないものではない。なお、本件は、控訴人において、被控訴人が右の規定に違反し、控訴人の承認を得ないで、立候補し、かつ、議員に就任したことを理由に、これを懲戒解雇処分に付したことが、適法か否かというにすぎないものであることは、前記のとおりであつて、さらに進んで、立候補後または公職就任後具体的に事が発生した場合いかに処すべきかということまで論議することを要しないものというべきであるから、控訴人の(一)ないし(六)の主張は、採用の限りではない。したがつて、控訴人の右主張は理由がない。
五、また、控訴人は、事実摘示五の如く主張する。しかし、本件懲戒解雇処分は、被控訴人が、前記規則の規定に違反し、控訴会社の承認を得ないで、十和田市議会議員選挙に立候補し、かつ、同議員に就任したことをその理由としてなされたものであつて、控訴会社の犠牲において被控訴人の利益を図らなければならないいわれはないこと並びに被控訴人が労務の提供をなさないことをその理由としてなされたものではなく、したがつて、本件は、右の規定違反を理由とする懲戒解雇処分が適法か否かというにすぎないものであることは、前記のとおりであるから、控訴人の右主張は、その余の点について判断をするまでもなく理由がない。
六、そうすると、被控訴人の本訴請求は、理由があるから、これを認容すべく、これと同趣旨の原判決は、相当であつて、本件控訴は、理由がないから、民事訴訟法第三八四条、第九五条、第八九条にしたがつて、主文のとおり判決する。(昭和三六年七月二六日仙台高等裁判所第三民事部)